新型コロナウイルス PCR検査って何?


ウイルスの遺伝子が混ざっているかを調べる検査です。

ウイルスの遺伝子は、大きな一つながりの鎖の形をしています。
一つ一つの鎖の輪に当たるのが、遺伝子のパーツです。
新型コロナウイルスの遺伝子は、約3万個のパーツでできています。

それらパーツの多くは、
新型コロナの親戚のウイルスや、
新型コロナとは何の関係もないウイルスに比べると、
よく似たつくりの部分もあれば、まったくそっくりの部分もあります。

一方で、
「この部分は新型コロナにしかないぞ!
 これはまさに新型コロナの指紋だ!」
という部分もあります。

新型コロナのPCR検査とは、
約3万個のパーツでできた長い長い鎖の中から、
「新型コロナだけにある、指紋のようなつながりの部分」
だけを見つけ出す作業なのです。

検査で見つけ出そうとする新型コロナの指紋が、
いったいどれぐらいの大きさか想像できますか?
ざっくり言って、パーツ500個ぶんです。
3万個もの輪でできた鎖の中から、
たった500個ぶんのつながり(60分の1の長さ)を見分けて見つけ出そうとするのが、
新型コロナのPCR検査なんですね。

次に、
不運にも新型コロナに感染して、
ウイルスが体の中で増えている最中のことを想像しましょう。

ウイルスは通常は鼻や口から体の中に入り、
鼻の中か、喉の奥か、さらにもっと下の気管支や肺か、
あるいはこっそり血液の中に入り込むか、
ときには胃を通って腸の内側にたどり着くか、
とにかくどこかで増え始めます。

「どこかで」というのがミソです。
ある人の体に入った新型コロナウイルスが、
いったいその人の体のどこで増え始めるのかは、
よくわからないのです。
新しいウイルスなのでまだそこまで詳しく調べられていないのがひとつ、
人間には個人差があるので「その人」の体のどこで増えるのかは神のみぞ知るというのもひとつ。

すると、次のことがわかります:
「鼻やのどを綿棒でこすっても、
 たまたまその日、その時間、その瞬間には、
 鼻にものどにもウイルスがいなかった、
 体の他のどこかにはいるはずなのに、
 そのときには鼻やのどにはウイルスがいなかった」
ということがあり得るのです。

これはとても大事なポイントです。

「綿棒で鼻やのどをこすっても、
 その時そこにウイルスはいませんでした」

があり得る、これをまずご理解ください。

すると……そう、わかりますよね。
病院で鼻やのどを綿棒でグリグリされても、
たまたま鼻やのどにウイルスがいなかったら、
PCR検査は陽性にならないのです。
実は体のどこかで本当にウイルスが増えているのに、
偶然綿棒をこする瞬間に鼻やのどにウイルスがいなければ、
ウイルス(の遺伝子)を見つけることはできないのです!
結果は「陰性」になってしまいます。

すると、逆のことも言えます。
鼻やのどをグリグリして検査して「陰性」だったとき。
「わーい!新型コロナじゃなかった!よかった!」
と喜べますか?
喜べないことはもうわかりますよね?
だって、本当は体のどこかにウイルスがいるのに、
たまたまグリグリした瞬間に鼻やのどにウイルスがいなかっただけかもしれないんですから。

今度は、少し難しいけど、新型コロナウイルスの指紋の話をしましょう。
最初に書いたように、PCR検査とは、
約3万個の輪でできた新型コロナウイルス遺伝子の鎖の中から、
新型コロナだけが持っている指紋のような部分、約500個ぶんのつながりを、
探して見つけ出す作業です。

指紋なので新型コロナにしかないものなんですが、
そうは言っても、
「まったくの偶然で、指紋によく似た鎖が、
 綿棒にくっついてきてしまった」
ということがあり得ます。

何しろ鼻やのどの粘膜には、
自分自身の細胞もあれば、
何も悪さをせず自分と共存共栄してくっついてるいろんな細菌やウイルス、
さらには、新型コロナじゃないけど、そのときたまたま侵入してきた別のウイルス、
などなど、ありとあらゆるものがくっついています。
そのすべてが、遺伝子を持っています。
ありとあらゆる長さ、ありとあらゆる並びの鎖が、
鼻にものどにも山のようにくっついているのです。

いくら検査で新型コロナだけの特別な指紋を見つけようとしても、
神さまのいたずらで「たまたま新型コロナの指紋によく似た鎖」が綿棒にくっついてしまうことが、
あるのです。

するとどうなるでしょう?
そう、本当は新型コロナじゃない無関係な鎖なのに、
「新型コロナの指紋を見つけたぞ!」
と間違って判断してしまうことがあり得るのです。

ウイルスがその場にいないから見つけられなかった、
ということに比べれば、
関係のない鎖を新型コロナの指紋だと勘違いしてしまうのは、
ちょっと起きにくいです。
起きにくいんですが、でも確かにあり得るんです。

ということは、検査の結果が「陽性」だったときは、
本当に新型コロナウイルスに感染していることが大半なんですが、
「感染なんかしてないのに間違って陽性になっちゃった!」
ということもあり得るのです。

難しい話になってきましたが、おわかりいただけますでしょうか?

「陰性」であっても、あなたが本当に感染していないとは言い切れない。
なぜなら、たまたま鼻やのどにウイルスがいなかっただけかもしれないから。

「陽性」であっても、あなたが本当に感染しているとは言い切れない。
なぜなら、たまたま新型コロナの指紋に似た関係のない鎖を勘違いしたのかもしれないから。

PCR検査とは、世間のイメージとは裏腹に、
実に不正確なものなのです。

「ええっ!?そんないい加減な検査をしてるの!?」
と驚かれたかもしれません。

いえ、そうではありません。
これまでの話は、検査だけの事情をお話ししました。
実際の新型コロナの診療では、
診察した医師の「総合的判断」がたくさん混ざっています。

たとえば、
ある人が重い肺炎で入院し、
あらゆる検査をしたけど病原体が見つからない。
やむを得ず当て推量で抗生剤を使ってみたけどやっぱり効かない治らない。
レントゲンやCTを撮ったら、医学論文に書いてある新型コロナのレントゲンCTにそっくりだ。
これはいよいよ新型コロナじゃないのか?
そこで担当医が綿棒で鼻をこすって新型コロナの検査を保健所にお願いしました。
結果は「陽性」。

これは誰がどう見ても、新型コロナウイルス感染症と言えるでしょう。
これを「いや、結果は陽性だけどきっと間違ってるよ、新型コロナじゃないよ」と言う医師はいないでしょう。

次に、その方と一緒に住んでいるご家族が、
何日かして熱と咳が出てきました。
「あ!うつったかもしれない!」
誰でもそう思いますよね。
そこで早速鼻やのどを綿棒グリグリします。
ところが結果は「陰性」。
さあこのご家族は新型コロナじゃないと言い切れますか?
もうおわかりですよね。言い切れないのです。
「今日はたまたま鼻やのどにウイルスがいなかっただけかもしれない、
 本当は体の他の場所で新型コロナが増えているかもしれない」
が適切な考え方です。

そして同時に、
「だけど、本当に新型コロナはいないかもしれない。
 まったくの偶然で関係のない風邪を余所でもらったのかもしれない」
という風にも考えなければいけません。
「間違って陰性」と「本当に陰性」の両方があり得るのです。

一緒に住んでいるご家族がいかにもな症状になったんですから、
1回の陰性結果で「大丈夫ですよ!」とは言い切らないのが適切な態度です。
この場合は、ご本人と医師と保健所がよくよく相談して、
1-2日後に再検査をしたり、
良くならなかったら再検査の方針にしたり、
何か違う方針を立てたり、
ケースバイケースで考える必要があります。

再検査して陽性だったら、やはり新型コロナだと言えるでしょう。
逆に再検査しても陰性だったら、偶然関係のない風邪をもらった可能性がグッと高くなります。
100%の断定はできないけれど、次の治療方針を立てる大きな参考になります。

今度はこんなケースを考えてみましょう。
「独り暮らしの自分はいろいろ心配なので、
 この2週間は家から一歩も出ないで食事は買い置きの食材で済ませ、
 よく寝て心身を良好に保ち、
 玄関を開けることもなく2週間誰とも会いませんでした」
そういう人がいたとしましょう。
(※最近の中国に滞在した人は、本当に現地でこういう暮らしをされています)

その人が事情があって2週間ぶりに家を出ました。
出た数時間後に何となくだるさを感じて、空咳が少し出た。
「まさか!新型コロナ!」とその足で病院に駆け込んで、
鼻やのどのグリグリ検査をしてもらったとしましょう。
(実際にはそんなことで検査はしてもらえないので、仮想の話です)
その結果は「陽性」。

果たしてこの人を新型コロナウイルス感染症だと言えますか?
もうおわかりですよね。
さすがに言えません。
その人の鼻やのどに、偶然新型コロナの指紋によく似た鎖がくっついてしまっていた、
としか考えられません。
だって、2週間誰とも会わずに家に籠もっていた人が、
新型コロナをうつされているはずがないんですから。

「仮想のシナリオでしょ?そんなことあり得ないんじゃない?」
と思われるかもしれません。
でも、検査の性質を考えると、これは本当に起こり得ることなのです。
バンバン頻繁に起こることでもありませんが、
でも時には起こる。

さて、時には起こることを、
たくさんたくさんの人がやったらどうなりますか?
もし新型コロナPCR検査をいつでもどこでも気軽にできるようになって、
「あ、なんか今日だるいから検査してもらお」
「全然元気だけど、さらに安心したいから検査してもらお」
とたくさんの人がやり始めたらどうなるでしょう?

そう、
「体の中に新型コロナなんてかけらもいないのに、
 間違って陽性になっちゃう人がどんどん増えてくる」
ことになるのです。
確率は低くても、たくさんたくさんの人がやれば、
間違って陽性判定されちゃう人がそれなりの数出てしまう。

新型コロナじゃないのに「新型コロナになっちゃった!」と嘆き、
新型コロナじゃないのに「アルバイトを休まなきゃ!」で収入が減り、
新型コロナじゃないのに「入院しなさい、治るまで帰ってはいけません」と言われてしまう。

そんな不幸は避けたいですよね。

新型コロナウイルスのPCR検査とは、
こういう性質の検査なのです。
一部のテレビ報道やネットで書かれているような万能な検査では、決してありません。

そして、PCR検査は、実際にはおそろしく手間のかかる検査なのです。
1本綿棒をとってから、
専門の技師さんがすぐに検査を始めて、
ずっとかかりきりで作業し続けても、
結果が出るのが5-6時間後、
という大変な手間のかかる検査です。

10分で終わっちゃうインフルエンザの検査とはまったく違うのです。

自治体が「昨日は◯◯市で新たに8人見つかりました」と発表することがあります。
あれはどうやって検査してるのか?
何10人分かの綿棒を1日分まとめて、
何人かの技師さんが一斉に作業に取りかかるのです。
そして、数時間かけて20人分ぐらいの準備ができたら、
専用の機械にまとめて入れて処理を待ちます。
その間に、次の20人分ぐらいの準備をまた数時間かけて行う。
その繰り返し。
ものすごく大変なんです。

どこの検査所の皆さんも、残業に次ぐ残業でフル回転で検査していただいているはずです。
とても専門性が高い技術なので、
やったことない人にもパッパと教えてやらせるなんてことは到底無理です。
経験を積んだベテランが、大学を出て基礎知識のある新人に、
1ヶ月ぐらいつきっきりで教えてようやく独り立ち、
というぐらいの技術です。

だから、新型コロナのPCR検査は、
「新型コロナが本当に疑わしい患者さん、
 疑いはそれほどでもないが、結果が陰性かどうかで治療方針が大きく変わる患者さん、
 症状は軽いが濃厚接触者だから何としても検査すべき患者さん」
といった、「この患者さんにはどうしても必要」という事情がある場合を優先せざるを得ません。

結果がある程度曖昧であること、
結果が陽性になっても陰性になっても鵜呑みにはせず、
その他の状況から新型コロナっぽさがどれぐらいあるかも加味して、
医師が総合的に判断・決断するものということ。
また、
検査はとても手間がかかり簡単には件数を増やせないので、
本当に検査を必要とする患者さんを優先せざるを得ないこと。

新型コロナのPCR検査とはこういうものなのだと、
どうか皆さんご理解ください。
そして、診察時には単に不安だからと検査を要求するのではなく、
医師の問診に応じて症状の経過や外出先、接触相手などを伝え、
検査をすべきかすべきでないか、
医師と保健所の総合的な判断に従ってください。

どうぞよろしくお願いします。