何かを批判したいと思ったら、その前に「もしかしたら背景に自分の知らない情報があるのかもしれない」と一度は疑ってみることが大切だと思っている。
後から事情を知って「そういうことだったのか」と恥ずかしい思いで感情的に反発した自分を振り返る機会なんて、子供の頃から数え切れないほどある。— 外科医けいゆう『医者が教える正しい病院のかかり方』好評発売中 (@keiyou30) 2020年2月23日
小学生の頃、お箸の使い方が独特なな子がいて、注意したら
「おれ小さいときに腕を怪我して、腕の筋肉が1本足りないんだよ」
とあっけらかんと言われました。
謝ったけど、すごく申し訳ない気持ちになりました。
私は転校生だったので、私以外の子は全員事情を知ってたんです。— 小倉庵 豆粒(とうりゅう) (@oguraann_touryu) 2020年2月24日
自分を振り返ることが出来る人は素敵です。事情を知ってなお、自分の間違いを認められずに論点をすり替え逆ギレしてくる人の多さに最近は辟易しています…。
— 人生バカンス中 (@flowerb49207201) 2020年2月23日
今回の新型コロナウィルスに関連する情報に関しては、特にそう思います。
ある特定の専門家の発言がクローズアップされますが、声の大きい人の意見だけを鵜呑みにしてしまうのは危険ですね。— Hiroyuki Yano??糖尿病内科医 (@hiroyanomd) 2020年2月24日
相手には相手の価値観があり、それを形成したバックグラウンドがありますよね。
目の前の行為だけでなく、なぜその行為をしたのかを知ると相手に愛着が湧いてくるということが度々あります。— 向日葵 (@sunrisejpn) 2020年2月24日
7つの習慣のパラダイムシフトの話を思い出しますね。https://t.co/FoGE4cDrs0
— ポン酢餃子@妻がハンサム (@ponsgyoza) 2020年2月23日
ある日曜日の朝、ニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイム転換を、私は忘れることができない。乗客は皆、静かに座っていた。ある人は新聞を読み、ある人は思索にふけり、またある人は目を閉じて休んでいた。すべては落ち着いて平和な雰囲気であった。
そこに、ひとりの男性が子供たちを連れて車両に乗り込んできた。すぐに子供たちがうるさく騒ぎ出し、それまでの静かな雰囲気は一瞬にして壊されてしまった。
しかし、その男性は私の隣に座って、目を閉じたまま、周りの状況に全く気がつかない様子だった。子供たちとはといえば、大声を出したり、物を投げたり、人の新聞まで奪い取ったりするありさまで、なんとも騒々しく気に障るものだった。ところが、隣に座っている男性はそれに対して何もしようとはしなかった。
私は、いらだちを覚えずにはいられなかった。子供たちにそういう行動をさせておきながら注意もせず、何の責任もとろうとはしない彼の態度が信じられなかった。周りの人たちもいらいらしているように見えた。私は耐えられなくなり、彼に向かって非常に控えめに、「あなたのお子さんたちが皆さんの迷惑になっているようですよ。もう少しおとなしくさせることはできないのでしょうか」と言ってみた。
彼は目を開けると、まるで初めてその様子に気がついたかのような表情になり、柔らかい、もの静かな声でこう返事をした。
「ああ、ああ、本当にそうですね。どうにかしないと……。たった今、病院から出て来たところなんです。一時間ほど前に妻が……。あの子たちの母親が亡くなったものですから、いったいどうすればいいのか……。子供たちも混乱しているみたいで……」
その瞬間の私の気持ちが、想像できるだろうか。私のパラダイムは一瞬にして転換してしまった。突然、その状況を全く違う目で見ることができた。違って見えたから違って考え、違って感じ、そして、違って行動した。今までのいらいらした気持ちは一瞬にして消え去った。自分のとっていた行動や態度を無理に抑える必要はなくなった。私の心にその男性の痛みがいっぱいに広がり、同情や哀れみの感情が自然にあふれ出たのである。
「奥さんが亡くなったのですか。それは本当にお気の毒に。何か私にできることはないでしょうか」
一瞬にして、すべてが変わった。