腸をめぐる都市伝説
「日本人はもともと農耕民族であり、伝統的に穀物や野菜など植物性食品を食べ続けてきたため、腸が欧米人よりも長いー」
よく目にする文言ですね。
「肉・悪玉論」を掲げる方たちは、この理論にこうつけ加えます。
「欧米人の腸は短いため、肉を食べてもすぐに体外に排出される。しかし、日本人の腸は長いので、肉を食べると長時間、腸にとどまってしまい、腐敗しやすく、腸を汚しやすい」
「さもありなん」と感じさせる論調です。
「日本人の腸には肉食は適さず、病気を招く原因になる」と聞けば
「肉を食べないほうがよいのかな」と思ってしまいます。
しかし、「日本人の腸は長い」という理論がまったくのウソだったとしたら、どうでしようか。
現代社会には、多くの都市伝説が存在します。
誰かがあたかも真実のように語ったことが、正しいこととして伝播(でんぱ)してしまうことが往々にして起こります。
医学情報の中にも、都市伝説は存在します。
「欧米人の腸は短く、日本人の腸は長い」という考えも、まさに都市伝説の一つだったのです。
「日本人の腸も欧米人の腸も、長さに変わりはない」ということを、亀田メディカルセンター消化器科部長の永田浩一先生らの研究グループは、日本消化器内視鏡学会の学会誌に発表しています。
研究グループは、50歳以上の日本人とアメリカ人650人ずつ、計1300人の大腸を内視鏡を使って調査しています。
その調査結果から
「日本人とアメリカ人の大腸の長さに、実質的な差は見られず、ほぼ同等である」
と結論が導き出されました。
日本人の腸は特別でもなんでもなく、欧米人と同じだったということなのです。
「日本人の体に肉が合わない」は真っ赤なウソ
人間という動物は、民族によって「肉食」や「草食」というカテゴリーわけができるはずもありません。
人類は雑食動物だからです。
これに対し、野生動物は肉食か草食かで腸の長さに差が現れます。
たとえばライオンの腸の長さは体長の5倍しかありませんが、牛や羊の腸は体長の約20倍もあります。
なぜ、肉食動物と草食動物では腸の長さがこんなにも違うのでしょうか。
それは、「アミノ酸の生成速度」に関係しています。
肉食動物は、他の動物を捕食することで、肉からたんぱく質を得ています。腸に入ったたんぱく質は、小さな粒子であるアミノ酸に分解されてから体内に吸収され、体の一部になって働きます。
肉食動物の場合、たんぱく質が直接腸に入ってくるため、アミノ酸の生成に時間がかかりません。
一方、草食動物の場合、植物に含まれている食物繊維を腸内細菌に発酵してもらい、それによって生じるアミノ酸を体内に吸収しています。
肉を食べなくても、草食動物が体の組成に必要なアミノ酸をつくれるのは、腸内細菌のおかげなのです。
ただし、食物繊維を腸内細菌が発酵させ、アミノ酸を生成するには、時間が必要です。
草食動物の腸が肉食動物より長くなっているのは、こうした理由があるのです。
この自然界の成り立ちを、安易に人間に当てはめてしまったのが、「狩猟民族は腸が短く、農耕民族は腸が長い」という説です。
これが真実かのように伝播され、都市伝説化し、「日本人の体には肉が合わない」という主張が生み出されていったのでしょう。
日本人の腸でも、肉はきちんと消化・吸収できます。
今日から安心して食べましょう。