今日放送された「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団」でフィンランド小学校校長パシさんの言った言葉が大きな話題になっています
「運動はそもそも良いものなのに子どもたちを競わせることで運動が得意じゃない子はビリという烙印を押されてしまいます。
それで、もう運動はやりたくないと思うようになるのではありませんか?
順位が少しくらい上がったからってそれが何なんですか?」
いいぞもっと言え pic.twitter.com/N4SPvU4X60
— 明智 (@Nowhere_maN0108) February 6, 2016
ネット上の反応
@sakagirisin @Akechi510
圧倒的な力を見せつけられると抵抗する気にもならないんだよなぁ…
自分の1つ上と下と競うならまだしも、クラス1頭が良いだとか、足が速いやつを見せられると努力することも諦めてしまう。— MINOS? (@MINOSProject) 2016, 2月 6
@Akechi510 …エッ~?そもそも,日本は,何時から小学生にマラソン大会なんかやらす様になったんだ~?!(゜ロ゜ノ)ノ…そりゃ距離短いだろうけど…俺達子供の頃は、スポーツ科学の観点からも,身体に相当負担が掛かるんで、最低デモ,ある程度体格が出来上る中学以上からだったが!
— 杉ちゃん☆ (@SugisaYosi) 2016, 2月 6
@sirokurohai1 @ksdwq お前クラスのヤツに運動会の日にやすんでくれないか?って割とガチで頼まれた事あんのか?
— ZRS (@sizuru230710) 2016, 2月 6
@ksdwq 両方間違ってないとは思うけどなぁ(個人的な意見)
— MOGU (@MEGU_7217023) 2016, 2月 6
@ksdwq 順位付けされた嫌だった。って人が結構いるな…自分も太ってるから競争では大抵ビリだったりしたけど、それでも競争は必要だと思うけどな
社会に出たら競争競争&競争なんだし…— HT09 (@makrov_russian) 2016, 2月 6
@ksdwq @Rail900 よく言った!88888
でもね、こういう話になると「じゃあ運動会で手をつないでゴールを」とかそっちに持っていかれちゃうとそれはまた違うだろうってさ。— ちゃず (@bys06412) 2016, 2月 6
@ksdwq
競うことで切磋琢磨する
パターンもありますし
どちらが正しいかって難しいですね— AKY-ただのYP- (@aky_YGO) 2016, 2月 6
@ksdwq まぁ陰気で運動してるやつからしたら持久力さえあればそこで力発揮できる場で少しだけでも目立つことが出来る。
でも正直意味がないwww— セラ@FLL4/1参戦 (@nikomaki_2525) 2016, 2月 6
@ksdwq 小一の時初めてのかけっこでビリだった…
おかげで小一の頃から運動することがが嫌いになった
思い出しちゃったよー(´;ω;`)— ししょう (@d8LAqCHG0F8XK1C) 2016, 2月 6
@ksdwq 順位が上がる人がいるって事は下がる人もいるって事だし
— 阿弖流爲 (@AteLui_0810) 2016, 2月 6
@ksdwq @07_kwhr 北欧の人々はそういうのあまり好まないのかな?
デンマークもテストとかなかったはずだし— Zacky (@hironvk) 2016, 2月 6
@ksdwq 小日本の伝統的な間違った教育
— 懇々 (@konkonsensei) 2016, 2月 6
@ksdwq
こういうこと言ってくれる人を待ってた。— 白冶 (@Ayamasahibiazu) 2016, 2月 6
@ksdwq ビリで一番辛かったのは、自分が一番遅いことではなく、ゴールした時に皆から拍手されたこと。ビリに拍手なんていらないんだ。
— りー@妖怪喰っちゃ寝 (@lee_s_yu) 2016, 2月 6
フィンランドの人が言っている事は間違いなく正しい。人生の生き方が多様化しているんだから、教育方針も多様化すべきなのではないか。 RT @ksdwq: いいぞもっと言え pic.twitter.com/NqDtWgcFFc
— 八寸 (@dripake_kai) 2016, 2月 6