111年前の今日、タイタニック号が沈没した。史上最も有名な海難事故であり、1500人以上が亡くなる大惨事だった。
「今から私が救命胴衣の使い方を見せます! それに従って下さい!」
大型船はそう簡単には沈まないと言う当時の常識を覆し、急速に傾く船の中、懸命に避難誘導に努める女性がいた。 pic.twitter.com/MJWqP3fv33
— エリザ (@elizabeth_munh) April 15, 2023
ヴァイオレット・ジェソップ(以下ジェソップ)はアルゼンチン出身の客室乗務員。
9人きょうだいの長女で、幼少期の殆どを弟妹の世話に費やす。16歳の時に父親が亡くなると、母親に連れられて一家はイギリスに移住した。 pic.twitter.com/6AbkYEoQF1
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稼ぎ手を失った一家の為に母親は船舶の客室乗務員になるも、5年後に体調を崩す。ジェソップは学校を辞めた。
「母さんには無理をさせたし……。これからは私が家長みたいなものだわ」
ジェソップは母の後を追って客室乗務員に応募するも、余り若い女性は、と難色を示される。
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「若い方が体力がありそうなもんだけど、何でかしら? どうも身綺麗にしてると採用されにくいみたいね。なら流儀に従いますか」
ジェソップは化粧せず、衣服をわざと汚して面接し、客室乗務員に採用される。
「どうも釈然としないと言うか……。まぁ、気にしても仕方ないか」
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RMS(ロイヤルメールシップ。王立郵便船)マジェスティック号に2年間勤務したジェソップは何故若々しい女性が嫌厭されるのかを身をもって知った。男女トラブルに巻き込まれ、妻子持ちの男性と不倫関係にあると誤解されたのだった。
マジェスティック号の船長はこれを信じたのでジェソップは放り出される
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「じ、事実無根……。昔から女が船に乗ると不吉と言われてるのって、つまりこう言う意味……。仕事は気に入ってたのに……」
ジェソップはやむ無しと次の船を探す事にした。当時、大西洋は最も人の往来の激しい海で、数多の船会社が鎬を削っている。代わりの船などいくらでもあった。
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そしてマジェスティック号を放り出されたジェソップは、まるで自分のために誂えられたかのような職場が今、まさに進水するのを見た。
「お、大きい! マジェスティック号の五倍はある! まるで海上の街みたい……!」
ホワイトスターラインの新鋭船、オリンピック号だった。 pic.twitter.com/mNn7qGb39D
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オリンピック号は大西洋交通の雄であるホワイトスター社がライバルであるキュナード社に対抗して建造した世界最大の船舶で、『速さ』でライバルに差をつけられたホワイトスター社が『快適性』と『規模』で盛り返そうと社運を賭けた超大型客船だった。
出来立ての豪華客船にジェソップは応募する。
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見栄え良く、経験を積んだ客室乗務員であるジェソップは見事採用された。
「嘘みたい。移民で貧民の私がお城みたいな船で働けるなんて。シンデレラみたいね。ま、もてなす側だけど、さ」
こうして1911年からジェソップはオリンピック号で勤務し始めるものの、巨大船舶はトラブル尽くしだった。
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排水量45000トンの巨大船舶を扱った経験が当時の人類にはなく、ヨーロッパ最良と呼ばれた船長ですらトラブルを避ける事は出来なかった。
就役したその年、オリンピック号の引き起こす大波にアメリカ海軍の軍艦が巻き込まれ、操舵不能に陥り、横から突っ込む。
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悪い事に軍艦には古式ゆかしい体当たり用の鋭い衝角が備わっていた。
「な、なにごとーっ!?」
寛いでいたところに凄まじい衝撃でジェソップは驚くも、直ぐに乗客の安否を確認するべく仕事モードに入る。
「ぎゃあ! 軍艦から体当たりを受けてる!? 沈没の恐れは……。ないみたいね」 pic.twitter.com/zWJlQ49At1
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皮肉な事に軍艦から体当たりを受けても無事で航行したオリンピック号は当て擦り気味に『不沈船』と呼ばれる。ヤケクソ気味のホワイトスター社もそのコピーライトを活かした。軍艦相手の海事裁判で負けてる。せめて頑丈さをアピールせねば
ホワイトスター社はオリンピック号が扱い難い船であると知った
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こうしてジェソップらオリンピック号のクルー達はホワイトスター社から改善点の聞き取り調査を受ける。『オリンピック級』は一隻だけではない。あと二隻が建造されており、それらはオリンピック号の欠陥を修正された形で就役する予定だった。
その二番船の名を、タイタニックという。
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「ホワイトスター社も熱心なようだし、タイタニックはいい船に仕上がるわ。何より、オリンピック号に就役からずっと付き添ってるわたしをタイタニックに回すくらいだしね」
えへん、と胸張るジェソップ。ホワイトスター社はオリンピック号から大いに進歩したタイタニック号に万全の体制を布いていた。
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船長も、クルーも、同型船オリンピック号のクルーをそのまま引き継ぎ、万一にも問題が出ないよう取り計らい、タイタニック号は処女航海に出る。『不沈船』タイタニックの出航は大ニュースになった。
「……その異名はオリンピック号のものでない? トラブル体質まで引き継ぎゃしないわよね?」
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しかし排水量45000トンの巨大船舶も氷山には勝てない。処女航海でタイタニック号は沈没する。ベッドで寛いでいたジェソップは跳ね起きて着替えると、乗客を甲板に誘導し始めた。
「大丈夫です! 本船はそう簡単には沈みません! 付近を航行する船が必ず駆けつけてくれます!」
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当時の常識では、大型船は沈むまでにはかなりの時間があるので、その間に付近の船が駆けつけてくれると言うのが常識だった。
しかし実際にはこれは誤った観念で、タイタニックは急速に斜度を深める。救助を当てにした設計のタイタニック号の救難ボートの数は乗客の数にまるで足りない。
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「ミス・ジェソップ! この赤ん坊を頼む!」
タイタニック号のクルーの一人が赤ん坊を彼女に委ねた。
「船はもう持たない。親から逸れた子供だ、どうか助けてやってくれ!」
絶望間際のジェソップの胸に、この子を守らねばと言う使命感が燃える。
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「畏まりました! しかし、あなたは!?」
男は寂しげに笑うと、首を横に振った。
「残念だがボートの数に限りがある。私はここで船と運命を共にしよう。オールヴォワール、ミス・ジェソップ。キミはいいスタッフだった!」
ジェソップは何も言えないまま、子供を抱いてボートに走る。
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自発的に船に残ることを決意した気高い人達が脱出するボートを見送る。タイタニックの楽団は自分と船の最期のために沈むまで演奏を続けた。
ジェソップは胸に抱いた子供共々生き延び、付近を航行していた船に救助され、生きてイギリスに帰ってきた。
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これほどの海難事故の当事者でありながら、ジェソップは僅か2ヶ月で再び客室乗務員に復帰した。また、センセーショナルな事故であるタイタニック沈没に関しても頑なに口を開く事は無かった。
「船長は立派な方だったわ。悪いとこ探しのマスコミには、うんざりよ!」
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1914年、第一次世界大戦が始まる。オリンピック号と、タイタニックの教訓を盛り込んだ最後のオリンピック級であるブリタニック号は徴用される。
ジェソップは看護師として戦争に参加しており、配属された船は、ブリタニック号だった。
「何とまぁ、奇妙な縁ね。今度こそ、貴女と死んだりして?」
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奇しくもオリンピック級3船全てにジェソップはクルーとして乗る事になる。
1916年、ブリタニックはドイツ軍が仕掛けていた機雷に接触し、沈没する。食堂でそれを感じたジェソップは周囲の人達と共に直ちに駆け出して救命ボートに飛び乗った。
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しかし沈みながらも回転を続けるスクリューにボートは引き寄せられる。ギリギリの瞬間、ジェソップは運を天に任せてボートから身を投げ出した。
スクリューと沈没する船の海流で頭蓋骨をへし折る重傷を負ったものの、ジェソップは奇跡的に生還する。彼女と共にボートに乗った人達は全滅していた。
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流石にこの事故の後ではジェソップも海が怖くなったものの、結局彼女は客室乗務員に復帰した。彼女は船と海が好きだった。旅客に仕えるのが楽しかった。
ジェソップは1950年まで客室乗務員として務め、最後の航海を終えた後、静かに余生を送る。
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オリンピック級三隻の海難全てを生き延びた彼女は『ミス不沈艦』と称され、もっと有名なタイタニックサバイバーとなる。
とは言え整然の彼女はこの異名に苦笑いした。
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「『不沈艦』なんて。二隻も沈んでるのに。寧ろ縁起の悪い女でしょう」
とは言え今もその異名が途絶えることはない。
何となれば、45000トンが二度沈んでも、彼女は決して沈まなかったのだから。
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