認知症疑いの父親を赤松PAに置き去りにして逮捕された娘が、近所付き合いもほとんどなく介護に疲れて「警察や施設に保護された方がいいと思った」と供述してる事件、特養の入居待ちも多いし、介護は綺麗事では済まないほど過酷だから追い詰められた末のいたたまれない事件が今後も増えそうな気がする… pic.twitter.com/1MmC0gC3sn
— Emiko (@Emikobot) 2018年11月27日
認知症の母親を11年間懸命に介護した息子が生活に困窮した末に行政に相談したけど全く救われず、心中しようと母親を殺害した裁判で、裁判官が涙ながらに「今後は幸せに生きて…」と執行猶予を与えたけど、数年後、息子は母を想い自殺してしまって結局誰も報われなかったというケースが頭をよぎった pic.twitter.com/HJVBfM4HCm
— Emiko (@Emikobot) 2018年11月27日
「地裁が泣いた介護殺人」10年後に判明した「母を殺した長男」の悲しい結末(デイリー新潮)
一家は両親と息子の3人家族だった。1995年、父親が病死後、母親が認知症を発症。症状は徐々に進み、10年後には週の3~4日は夜間に寝付かなくなり、徘徊して警察に保護されるようにもなった。長男はどうにか続けていた仕事も休職して介護にあたり、収入が無くなったことから生活保護を申請したが、「休職」を理由に認められなかった。母親の症状がさらに進み、止む無く退職。再度の生活保護の相談も失業保険を理由に受け入れられなかった。母親の介護サービスの利用料や生活費も切り詰めたが、カードローンを利用してもアパートの家賃などが払えなくなった。長男は母親との心中を考えるようになる。
そして2006年真冬のその日、手元のわずかな小銭を使ってコンビニでいつものパンとジュースを購入。母親との最後の食事を済ませ、思い出のある場所を見せておこうと母親の車椅子を押しながら河原町界隈を歩く。やがて死に場所を探して河川敷へと向かった。
「もう生きられへんのやで。ここで終わりや」という息子の力ない声に、母親は「そうか、あかんのか」とつぶやく。そして「一緒やで。お前と一緒や」と言うと、傍ですすり泣く息子にさらに続けて語った。「こっちに来い。お前はわしの子や。わしがやったる」。
その言葉で心を決めた長男は、母親の首を絞めるなどで殺害。自分も包丁で自らを切りつけて、さらに近くの木で首を吊ろうと、巻きつけたロープがほどけてしまったところで意識を失った。それから約2時間後の午前8時ごろ、通行人が2人を発見し、長男だけが命を取り留めた。京都地裁は2006年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑は懲役3年)を言い渡した。
裁判では検察官が、長男が献身的な介護を続けながら、金銭的に追い詰められていった過程を述べた。殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介すると、目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
判決を言い渡した後、裁判官は「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と長男に同情した。そして「お母さんのためにも、幸せに生きていくように努力してください」との言葉には、長男が「ありがとうございます」と応え、涙をぬぐった。
行政に相談しても解決しないケースや、もうそこまでする気力すら湧かない程追い詰められたケースなど多種多様、明日は我が身…https://t.co/VUT59kuErB pic.twitter.com/b4jVh1X8h2
— Emiko (@Emikobot) 2018年11月27日
おはようございます。私もかつて少し介護の仕事を経験した事がありますが、介護を身内だけで何とかしようとしても絶対に無理です。当時はほぼ100%と言っていいほど女性、「嫁」がたった一人で介護をしているケースをみてきましたけれど、過酷な上に、コジュウトら、はたから心ない言葉をあびせられる
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
責められるんですね。例えば寝たきりになってしまったら、頻繁に寝返りをさせないとじょくそうが出来たりします、それを周りから、あんたの世話が悪いと言われたり、私たちが訪ねると、泣きながら日々の辛さを話される事もありました。家族と言っても様々なありようがあるので一概に言えないですが、
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
心身ともに過酷で、疲弊している女性は多かった。今でもそんなに変わってないでしょうか。逆に、様々な制度や、人の手を借りながら、自分の時間を作って、介護からはなれて旅行に行ってリフレッシュする時間を作る事が出来る人もいましたが、ほんの一握りだったです。
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
ほんとなら、寝たきりにさせないように、排泄介助や、軽い運動の(普通の運動ではないです)サポートをすることで、寝たきりを防ぐ事は可能なんですが、介護者の心身の状態によっては、そこまできめ細やかな介護は出来ない、まして一人だったらなおさらです。そうなれば必然的に寝たきりになってしまう、
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
ある意味、寝たきりは、介護者の身体にとって楽な面もあるのが事実です。それでも、清拭や、はくせん菌やじょくそうの処置など大変な事はたくさんあります。(寝たきりのお年寄りはほぼ100%爪はくせんになっています) 誰でも、必ず歳をとり、老いて大なり小なり人の手を借りないと生活が成り立たなく
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
なります。そんな時に、しっかりとした社会保障があって、さらにそのことがきちんと周知されていて、誰しもが簡単に利用できるようにすることが必要だと思います。介護は、家という閉鎖された中で、一人の人だけの負担になってしまいがちで、介護者も介護を受ける側も追いつめてしまいます。
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
認知症の場合も、一時も目をはなす事が出来ないとか、時に、暴れられるとか、それを一人の者が引き受けているとすると、想像を絶する大変さだと思います。私は認知症の利用者をたずねた経験は殆どありませんでしが、身内だけで何とか出来る事ではないのは間違いないでしょう。社会全体の問題として、
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日
考えていかないといけない問題ですね。あと、つけ加えると日々の生活で必要なお水や食品が、安全なものであることは、心身の健康に直接関わって来るし、お年寄りの健康の状態や認知症にも少なからず関係しているのでは、と私は考えます。長々コメント失礼しました。??
— 麻生博美 (@Hiromiasou) 2018年11月28日