キレる親はもちろんヤバいんだけど一番ヤバいのは「褒めない親」かな。頑張った事を手放しで褒められる経験をせず子供時代を過ごすと自己否定し続ける人間に育つ。自分を否定し続けるのは地獄で生きているのと同じで、いずれ身体にも様々な不調をきたし、できることが減り、本当に人より劣っていく。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
ところでこれ、人より劣らなかった場合はそれはそれでまた深刻で、なぜ劣らないかというと他人の評価が異常に気になるから。普段は何もできないのにギリギリの瀬戸際で徹夜でなんとかこなしてしまう。他人からの評価はとても高いのに自己評価は地の底だからその乖離に苦しむ。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
「自分はクズだ」という思い込みがあるだけでなく、自分がクズであると再確認するように行動してしまう。子供の頃からそういう脚本を刷り込まれていると、本当は嫌なのにそれに沿って行動してしまう。毎回ギリギリにならないとできない、なんで俺はこうなんだ、と。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
これは親から子に与えられる最大最悪の呪いだ。頭では分かっても自力ではそうそう解呪できない。
もちろん親だけじゃない。パワハラする奴、他人に気軽に否定の言葉を吐く奴、みんなこの呪いを相手に浴びせているんだ。自分も誰かに呪いをかけているかもしれない。— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
自分が苦労せずできる事について、人は元来他人にとても残酷なのだ。特に「みんなやってること」については。「部屋が汚い」「風呂に毎日入らない」「歯を毎日磨かない」…どれか一つは「それはダメだろw」と思うのでは?思うのはいい。問題は「それをそのまま本人に言っていないか?」
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
これが「スポーツ選手が運動音痴の子を罵倒した」とかならスポーツ選手に非難の声が上がるだろう。ラインを3日経っても返さない人に「なんでそのくらいのことができないの?」と言うのは許される。それは「できて当然」の事だからだ。できない人の事情は決して勘案されない。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
この場合の問題点は、できない人が「人として尊重されない」こと。身体障害者も正しく人として尊重されるこの時代において、病気もなく返信がすぐできないだけの人は人として尊重されない。そして罵倒する側の「健常者」は決して彼らを理解しようとしないし解決法も教えない。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
理解しようとしないのは「できて当然」だから。単に彼らがたまたま恵まれていて、あるいは不幸にして「即返信」能力を持っているがために、それができない人間が存在するという事実を受け入れられない。解決法を教えないのは単に知らないから教えられないだけ。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
実際には、返信できない人はその欠点を認識して自分なりに努力を繰り返している。返信できるようになろうとあの手この手を試してはその全てに失敗している。そんな涙ぐましい努力は「できる人」からすれば失笑ものもいいところなので、一言のもとにねじ伏せられる。「甘えるな」
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
自分が意識せずに行える事について、それが「できない」という事を他人がもし言ってきたら、よくよく返事に気をつけないといけない。本人はそのことで強い劣等感と罪悪感に苛まれていて、藁にもすがる思いで打ち明けてくれているのかもしれない。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日
そこでバッサリいったらその人との関係はそこで終わり。二度と信用してはくれなくなる。もちろんその人に深い傷を負わせる事になる。そして最も恐ろしいのは、自分ではそれに気づけない。バッサリいかれた方は冗談めかしてその場をうやむやにするしかないから。
— 前世 (@WrigZense) 2018年7月6日