無気力・低生産性ラボをお取り潰しにすれば日本の大学も良くなるみたいなツイートを見たが、かつてそれを断行していた理研BSIで見たものは「政治力を駆使してラボ存続を勝ち取る研究はダメなPI」と「不毛さに絶望して自ら去っていく優秀なPI」と幹部クラスを中心とするドス黒い政治劇だった
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
勿論中には極めて優秀で素晴らしい論文・研究成果を連発して存続し続けるラボもあったが、それは例外だった
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
途中から若手PIを積極的に登用してテニュアトラックとうたって称揚したが、テニュア(2017年のセンター終了後の附置センター移行後もラボを存続させる権利)の椅子は97年の創設時メンバーが政治を駆使して既に勝手に埋めていて、若手PI向けの椅子は事実上ないことになっていたなんてことも
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
ただのポスドクだった身としては個人的には理研BSIは給料も良かったし任期満了まで雇ってくれたし良いところだったけど、研究機関として総合的に見て良いところだったかというと疑問符がつく。結局ラボをバンバンお取り潰しにする制度も既得権者をのさばらせ雰囲気を殺伐とさせ続けただけだった気が
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
成果主義の外資企業の世界にやってきて理解したことは「成果主義は『好業績のもとで拡大し続ける組織においてのみ機能する』」ということだった。予算を削減され先細り続ける(しかも閉鎖期限が既定の)理研BSIで成果主義を取り入れたら、単なるドス黒い政治劇ばかりが展開され雰囲気も暗かった
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
成果主義のもとで皆が競争し、それで全体のパイが大きくなれば競争している同士皆がハッピーになれる。だが縮小し続ける業界・機関・組織で成果主義のもとで競争すればゼロサムゲームどころかマイナスサムゲームになるだけで、そこに生じるのは徹底した足の引っ張り合いと脱走とドス黒い政治劇ばかり
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日
そして、海外では例えばDemisやFei-Feiのような神経科学分野から機械学習(人工知能)分野に転じて大成功を収めた才能が幾らでもいるのに、理研BSIでは関連分野のラボを悉く「CNSを出せない分野」という理由でお取り潰しにして後継者もほぼ残さなかった。あれは今でも愚行だと思う
— TJO (@TJO_datasci) 2017年8月9日