3月23日は俳優・天本英世の命日(2003)
これは非常に示唆に富んだコメント。酒を飲まない演者ほど酔っぱらいの演技がうまく、「母さん役者」と呼ばれる女優に私生活が幸せな人は少なく、悪役で名をなした人には底抜けの善人が多い。演技というものの本質が「批評」であり、自分以外のものになりたい、という願望がその根底にあるからだろう。 pic.twitter.com/NFNrxqgtE2
— カラサワ (@cxp02120) 2017年3月25日
@mAg_CuP_ 今の女形は役を解くと男に戻りますが、昔は日常から女に成り切って、あまりに仕草が女らしいので女湯に入って気がつかれない人までいたようですね。
— カラサワ (@cxp02120) 2017年3月25日
@mAg_CuP_ まさに芸の鬼、ですが現代の演劇理論ではそれはよしとはされません。あくまで“舞台の上でのリアリズム”を追求するのが目的で、舞台を降りてまで役を引きずってはいけない、とされています。
— カラサワ (@cxp02120) 2017年3月26日
@mAg_CuP_ ひとつには、役者というのは、作品ごとに全く異なる役を演ずることを要求される職業であり、ひとつの役に入れ込むあまり人格までその役になりきると、それが抜けられなくなる、ということがあります。そもそも、それだと殺人鬼の役など誰もケンノンで出来なくなってしまいますしw
— カラサワ (@cxp02120) 2017年3月26日
@cxp02120 心理学か何かで言う「影」を思い出します。ある人の人格の中に、主要な性格(たとえば権力が嫌い等)と対をなす影(権力的)があって、それらはともに分かちがたいものであるという…。最も嫌うものの近くに最も望むものがあったりとか。不思議です。 pic.twitter.com/L6tw1PWS8g
— ミギヨコ (@migiyoco) 2017年3月25日
そういえば、アスペルガー症候群の人の中には、演技の才能を発揮する人もいると聞く。彼らにとって、社会性の獲得が演技そのものだからだと。たぶん、定型発達者に対する客観性と観察の結果なんだろうね。https://t.co/zB4g6E0To3
— 宇野ゆうか (@YuhkaUno) 2017年3月25日
ずっと自分の苦手なもの、正反対のものに対して思うところがあり、かえって観察する癖がついていたのかもしれませんなぁ。 https://t.co/csPN0LZaVD
— ののまる (@nonomaru116) 2017年3月25日