1947年、未熟児として生まれる
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1歳の時、福井地震が発生し、家は倒壊
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気絶して倒れるも、観音開きになった仏壇が落ちてきて守られ助かる
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上京して教師になることを夢見ていたが、父が病で倒れたことを機に、地元の信用金庫に就職
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別の信用金庫に努めていた男性と出会い、結婚
↓… pic.twitter.com/px5BKvYmbf— ぴーたろ (@Ptaro_chan) March 27, 2024
47歳の時、夫の経営する事業のひとつ、ホテル部門を任され社長に就任
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事業規模はまだ小さく、赤字スレスレ
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石川県の小さなホテルを会場にした社長就任式で声高らかに宣言、
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「私はホテル業界のジャンヌ・ダルクになります!」
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拍手もなく会場はシーン…しらけムードに…
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それでも臆することなく、責務を全うすることを誓う
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「せっかくもらったチャンス、絶対にものにする!」
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ホテルの存在を知ってもらうために、自分には何ができるのか
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ひたすら考え、悩み抜く
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そこでとった戦略が、”自分自身が広告塔となる” こと
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当時、海外では経営者が自分の顔を新聞などに大きく出し、会社のことを語るのは当たり前のことだった
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その透明性の高いスタイルを取り入れ実践しよう!
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1994年、派手な衣装を着てほほ笑む広告を出す
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日経新聞の一面や電車の中づり広告、ビル看板まで一気にジャック
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ある大学の教授からは「公共の福祉に反する」とまで言われる
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とにかくたくさんのクレームが殺到
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しかしこの反応は想定内で狙い通り
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「私が社長です」のキャッチコピーは瞬く間に広がり、
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メディアにも大量露出することで、ホテルの知名度は一気に上がる
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それでもホテルに直接届いた誹謗中傷のクレームの手紙は数えきれないほど
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その一通一通に自ら目を通し、すべての手紙に返信
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ホテルの “無料宿泊券” を同封し、文末にはこんな言葉を添えた、
「ご意見ありがとうございます、よろしければぜひ私に会いに来てください、そうしたら、きっと好きになっていただけると思います」と
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一度でもお越しいただき会っていただければ、ホテルのことも自分のことも好きになっていただける
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その自信があったからこその行動だった
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石川県金沢の小さなホテルから始まった事業は、現在421ホテル、69,433室、年間宿泊数は約1,252万名という国内最大級のホテルチェーンとなった。
「逆風でもいいから風が吹けば、ジグザグしながらも前に進める。人生は、追い風でも逆風でも上手く操舵していけばいい」そう語るのが、
アパホテル株式会社
取締役社長 元谷 芙美子さん!
クレームに一つずつ手紙で返信はすごい…
自分のやってることに強い自信があるからこそできることですね。見習いたい…— ける??大企業人事 (@keru_career) March 27, 2024
この前偶然泊まったアパホテルの視察に来ててとてもお綺麗でした。
— Est (@Est_LLL_Nijiga) March 27, 2024
本当にすごい人ですね。
この人の書いた本を
アパホテルに宿泊した際に読みましたが
底力を感じました。ぼくが特に印象に残っている言葉は
夢はいらない
戦略的な人生を創って
夢は手にする
夢を夢で終わらせないためにという一文です。
これは僕の人生に大きな影響を与えました。
— 佐藤一也_繋がる幸せの創造 (@rh_satokazuya) March 27, 2024
こういう何気ない設計。宿泊者のことをよく分かってるなーと思いますよね。
— ぴーたろ (@Ptaro_chan) March 27, 2024