人が楽器ケースの中に入ってはいけない理由

外部からもたらされる衝撃を吸収し、中にある楽器が、ちょうど母胎内の赤ちゃんのように、クッションに守られて安全であることが必要です。

 みだりに蓋が開いたりするといけないから、3つ以上の鍵と留め金で入念に閉められるようにも作られている。

 これを逆に考えると、中の楽器が勝手に踊ってしまったりするといけませんから、ぴたっとはまって不用意に動かず、しかも振動に対しては防振的に反応するよう楽器ケースというものは作られている。

 どういうことか。まず、一度中に入ると、身動きが取れなくなる可能性があります。

 次に、外から閉められると、まずもって中からは開けることができません。

 さらに、中で暴れたり外に助けをもとめようとしても、それが極力伝わらないように作られている。

 そして、極めつけとして、気密で脱酸素剤などが入っている場合すら少なくない。人が入れば普通に死にます。

 楽器は「生きている」といいますが、それはインストゥルメントとして生きているのであって、木材の呼吸は生命体の代謝ではなく、かつて生物であったものの物性にほかなりません。

 楽器ケースの中に人間を入れると、比較的容易に「かつて生物であったもの」になるように、入念に設計されている。実は精密機器であるということが分かると思います。

 大型の楽器ケースの中には、間違っても入らないようにしましょう。でないと、死にます。

 かつ、窒息の苦しみは、通り一遍ではないことが知られています。楽器ケースを作っている企業としては、あまりこういう生々しいことには触れたくないと思われますが・・・。

 ポップスで用いる、エレクトロニクスを用いる楽器の場合は、気密性はあまり厳密でない場合もありますが、防振や衝撃対策は、それこそ電子機器ですから、きちんと設計されています。

 一度中に入って、間違って施錠されてしまったりすると、内側から開けることはまずもって不可能。

 西欧中世には「鉄の処女」という棺桶型の拷問具がありましたが、ほとんどそれと変わりません。

 ゴーン氏の会見でも、そのことには触れられていました。命を他人に預けたわけで、彼の脱出を非難するのは簡単ですが、65歳の男性があのような冒険に身を投じたことそのものは、大した胆力と言うべきことかとも個人的には思っています。

 しかし、それはグリーンベレーが準備した「専用の手品の箱」だったからできたわけで、普通の人が不用意に入れば楽器ケースはそのまま棺桶にしかなりません。