牧草地への無断侵入が及ぼす被害や危険性について

 今回は生産者が寛大な対応をされたお陰でちょっとした炎上騒ぎで済みましたが、評価額分の損害賠償でもされようものなら怖ろしい事になりますよね。今後は皆さんが仰られているように、人前で“自身の失敗談を踏まえて(風景に惹かれ草原に立ち入る事がどれ程危険なことか)発信していく”立場になって頂きたく思います。

 人の目がない事や、草原に対するイメージによって意識が薄まりがちですが、まずこれは不法侵入です。

 草原はただの草が生えているのではなく、ジャガイモや小麦と同じように土を起こす→砕土→種まき→鎮圧→定期的な追肥といった過程を経て作り上げた畑で育った、立派な作物です。
 種は長年にわたる品種改良をされたもので、その土地に合ったものを撒いています。チモシー、オーチャードグラス、イタリアンライグラス…知っていましたか?
 お金の動きを見ると、農家は牧草を育てるときに、1500万円する180馬力のトラクターで、500万円のプラウを引いて土を起こし、300万円のスタブルカルチやパワーハローで砕土をし、400万円のグレンドリルで播種した後、200万円のケンブリッジローラーで鎮圧し、定期的に200万円のブロードキャスターや、300万円のスラリースプレッダーで追肥を行います。これに種代や燃料代、肥料代、工賃など加算されるわけですが、育てるだけでここまでお金がかかります。
 収穫するにはさらに数百万円の作業機を最低4種(テッダー・レーキ・ロールベーラー・ラッピングマシン)揃える必要があります。
 牧草にだってお金と時間をかけていることがお分かりでしょうか。機械を買う余裕があるなら大丈夫だろうと思われるかもしれませんが、こういった機械を買うために農協へ借金をしますし、お金を稼ぐのがどれだけ大変な事かは社会人なら誰でもわかる事だと思います。
 また、一度踏みつけた牧草は、折れたまま発育不良を起こします。元どおりにはなりません。これだけ広いなら端を少し踏んだくらいで…と感じるようでしたら、生産する側の立場でものを考えてみてください。
 伝染病やセンチュウは、タイヤや靴の溝についた土からも感染します。ですから、例えば牧草地でセンチュウが出たからといって1km離れた畑で出ないとは限りません。

 伝染病が出れば、その農家のすべての家畜が殺されます(家畜伝染病予防法で調べてみてください)。失った分だけ家畜を買い戻せばいいと思うかもしれませんが、家畜を買ってすぐに売って収入を得るのは不可能ですし、伝染病が出ると一定期間家畜を飼うことができず、収入が全くない状態となります。また、乳肉共に1頭の価格はおよそ100万円です。100頭失ったからといって100頭買えるでしょうか?
 また、牛は血統が乳や肉の生産量を大きく左右するので、三代祖まで遡って理想的な牛を交配させています。理想とする牛1頭を生産するのに、10年近くかかるのです。代々受け継ぎ今まで人生をかけて積み上げたそれを全て失ったときに、「また一からやり直しだな!頑張ろう!」となるでしょうか。私なら仕事を辞めますし、生きる理由もなくすと思います。

 シストセンチュウが出れば、その畑での種芋の生産が永久に禁止されるだけではなく、汚染地域に指定されその地域一帯の農家が種芋の生産を永久に禁止されます。
 我々が普段ポテトチップスとして食べている芋は食用芋です。食用芋は種芋(原種)から作られており、その種芋はその種芋用の種芋(原原種)から作られています。種を植えて収穫、だけの話ではないのです。
 種を植えて原原種を収穫し、その原原種を植えて原種を収穫し、その原種を植えて食用芋を生産するのです。ジャガイモひとつは最大4つ切りにして植えるので、極端な話ですが種芋がひとつ減っただけで、食用芋が4本減ります。シストセンチュウが原原種や原種の畑で出たときに、一体どれほどの損害が出るか、想像もつきませんよね。

 伝染病・センチュウ等の感染を防ぐため、各牧場や農場・その関係者は、消毒液をタイヤにかけたり噴霧する事で車両の消毒します。靴も同じように消毒しますし、研修で他の牧場を見るときには使い捨てのビニールブーツを着用します。関係者全員がそういった対策をしていても、1人の人間がそれをしない事で、損害を引き起こします。

 今回のように農地へ無断で立ち入る人は少なくありません。貴方のように失敗した人が、こういった危険性を発信する立場になっていただければ幸いです。