よいことをして忘れる

■「親切を与えた人は黙るべし、受けた人は語るべし」(セネカ)

親切をしたことは言わないほうがいい。

親切にされた人は、大いに語るべきである。

与えた親切はどうしても言いたくなるものだが、なるべく抑え、受けた親切はなるべく語りたいと私は思っている。

■同僚が困っている時に助けてやるとか、上司に叱られた同僚がいたら、彼にかわって上司に弁解してやる、といったような貸しが組織の中においては必要です。

そして、そのような貸しが多い人ほど、人望が出ます。

ただその場合、いくら貸しをつくっても、代償を求めない貸しでなければいけない。

取り立てるという意識なしの貸しです。

返したければ返せばいい、というような感じです。

そして代償を求めない貸しを、どんどんつくっていく。

http://ameblo.jp/hiroo117/より
石川洋氏はこう語る(心の杖ことば 笑顔開運・ぱるす出版より)

「《よいことをして忘れること》

佛教に「忘行」という戒(いまし)めがある。

他のために尽くして忘れるということは、難しいことであるが釈尊は忘れて初めて、よいことになるのであると、教示されている。

「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻もう」という道歌を知り、身に沁みるものがあった。

受けた恩を石に刻んで、感謝の心を養っていけば自ずから“させていただいて有難う”という心が生まれてくる」

「恩を仇(あだ)で返す」

という言葉がある。

恩を受けた人に対し、感謝するどころか、害を加えるような仕打ちをすることを言う。

それを、「忘恩の徒(と)」という。

受けた恩を忘れる人は、自分にもいつか必ず同じことが起こる。

そうではなくて大事なことは、『よいことをして忘れること』。

かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む人でありたい。